日本仏教入門 (角川選書)

仏教が日本の思想の基軸にあることを確認して、その展開がダイナミックに説かれます。今や仏教思想の第一人者である著者は、一方では、定家、能、川端康成、村上春樹など、文学に表れた感情を繊細に論評する学者には稀なるしなやかな感性の持ち主です。そこに本書が、単なる知識の圧縮と伝達に終始する概論的入門書とはちがう際立った特徴があります。いわばリアルタイムの思索者が案内する日本仏教史です。したがって従来常識とされてきたものに対する新説が自然なタッチで続々と登場します。儒学が国教と信じられてきた江戸時代が、じつは民衆レベルではもっとも仏教信仰が盛んな時代であったこと。中国の天台宗では、有情成仏に付随するものとして非情成仏説があったが、日本の天台宗では、非情成仏こそが積極的に説かれ、草木国土悉皆成仏がひろく市民権を得ていったこと。その根底には「人間と草木との間の本質的な相違を認めない日本側の発想の違いが」あるというのです。また最澄が日本仏教に果たした役割は従来考えられてきた以上に大きく、その悉有仏性説、一乗主義は「法華経」優越論とともに、その後の日本人の心性に深く浸透し、幅広い文化を形成していったといいます。この最澄の二項対立的教判の継承者が、念仏専一を説いた法然であるという指摘には意表を突かれます。それどころか最澄の教判の手法は、空海、親鸞、日蓮、道元にも深い影響を及ぼしているというのです。また、いままで鎌倉新仏教が日本仏教の首座に位置づけられてきたが、そうだろうかと疑問を投げかけます。円爾や最澄や空海の密教パワーこそ、呪術的、現世利益的性格が日本人に広く受け入れられ、禅の仏教儀礼にも大きな役割を演じ続けているのではないかと。お札や厄除け観音、お遍路の習俗などを個人的に思い合わせても納得するものがあります。仏教に詳しくなれるだけでなく、これからの日本人の死生観を考えていく上でも見逃せない一書です。